ストーリー サンバリア100が「完全遮光」に捧げた軌跡
始まりは一軒のレインショップ「ハローレイン」
サンバリア100の始まりは、1988年に神戸・岡本の街にオープンした「ハローレイン」というレインショップ。
創業者の今川 比呂史が32歳で立ち上げた小さなお店です。
当時の雨傘といえば、一万円を超える「高級ブランド傘」か「安価なビニール傘」のほぼ二択。そこで今川が目指したのは、その中間にある「手の届く、ちょっといい傘」を届けることでした。
店構えも、単なる「雨傘店」ではなく「ブティック」のような洗練された空間を意識。厳選した仕入れ商品に加え、細部までこだわった自社オリジナルの傘も展開していました。
その後、インターネットを通じて「お客様が持ち込まれた生地で日傘を仕立てる」というサービスを開始。
思い出の詰まった着物の反物や、海外で購入されたこだわりのテキスタイルなど、多種多様な素材が持ち込まれ、世界に一本だけの傘を、職人の手仕事で作り上げていました。
運命を変えた
「東京から届いた遮光カーテン」
1999年の夏、東京にお住まいのお客様から一枚の生地が届きます。
これまで持ち込まれるものの多くは、プリント柄のついた綿や麻の生地でしたが、その生地はグリーンの草木柄で、素材も明らかに他とは違いました。
ポリエステルで厚みがあり、裏はツルツルとしたシルバーの素材。
今川は傘を仕立ててから、そのお客様に「この生地はなんですか?」と伺うと、「遮光カーテンの生地です。日光アレルギーがあるので。」と返ってきました。
この時、初めて「日光アレルギー」という言葉を耳にしました。
太陽の光を短時間浴びるだけで、発疹や頭痛、発熱に苦しむ方々がいる。外を歩くこと自体が、命に関わるほどの困難を伴う現実がある。
その事実に驚き、そして大変なことだと痛感しました。
なんとか、このような方々のお力になれないか。この想いが、「完全遮光日傘」の生まれるきっかけとなりました。
その当時は「ガングロギャル」が一世を風靡し、日焼けすることが良いとされた時代でした。世間一般では「紫外線は肌に良くないもの」という認識があまり浸透しておらず、今川もそのうちの一人。日傘はあくまで「日差しを和らげるためのファッション小物」に過ぎず、UVカット効果は、摩擦や雨、経年変化によって低下していくことが業界の常識でした。
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カーテン生地での模索
今川はすぐさま、遮光カーテンを求めてカーテン専門店へと向かいました。
そこで初めて、遮光カーテンには1級から3級までの等級があり、なかでも光を100%カットできるのは「完全遮光」と呼ばれる種類だけである、という事実を知ります。「日光アレルギーの方を守るためには、やはり100%遮光する生地こそがベストである」
そう確信し、20種類ほど置いてあった完全遮光のカーテン生地をすべて買い、傘の試作を繰り返しました。しかし、本来は窓に吊るすために作られたカーテン生地を「傘」にするには問題が山積みです。
- 生地が分厚い
- 生地が重い
- 撥水加工がされていない
- デザイン性の欠如
カーテンのために作られた生地なのだから、傘にすることなど考えていないので当然です。
20種類ほどのサンプル傘の中から、日傘として成立する2種類を厳選し、2005年までの6年間、カーテン生地をベースにした「完全遮光日傘」の製造・販売を続けました。
理想を形にする
「一からの生地開発」
カーテン生地から生まれた「完全遮光日傘」は、見た目こそシンプルな無地のデザインでしたが、お使いいただいたお客様からは「驚くほど涼しい!」という感動のお声をたくさんいただくようになりました。
しかし、販売数が伸びるにしたがって「より使いやすく、より確かな品質へ」という改善への情熱が高まってきます。
解決すべき理想の条件は、主に次の3点でした。
1.日傘の内側は「黒色」であること
上からの太陽光を100%カットしても、周囲の建物や地面からの反射によって、約10%の太陽光が傘の内側に入り込んでしまいます。
内側が黒色であれば紫外線だけでなく、可視光線も吸収するため、目に入る「まぶしさ」が劇的に抑えられ、視界の快適さが格段に変わるのです。
2. 生地をより「軽く」すること
日傘は、毎日持ち歩くものだからこそ「軽さ」が重要です。そこで、より薄い生地で完全遮光日傘をつくりたいと思いました。
薄い生地に黒のフィルムラミネート加工をするのが、軽さと遮光性を両立させる「最高の答え」だと確信したのです。
3.「デザイン性」のある美しい生地
完全遮光の生地は、表面の色に関係なく太陽光を100%カットできます。だからこそ、表面は夏らしく明るい色や柄で、ファッションとしても選ばれるものにしたいと考えました。
しかし、これらの条件をすべてクリアする生地は、存在しませんでした。
「ないのなら、自分たちで一から生地をつくるしかない。」
そう決意したものの、小さいお店にとっては並大抵のことではありません。
一からの生産には「1,000メートル以上の発注」という膨大なロットの壁が立ちはだかります。莫大なコストとリスクを背負う、大きな賭けでもありました。
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試行錯誤の末に生まれた、
サンバリア100独自の生地それでも、「日光アレルギーの方々に最高の安心を届けたい」という執念が揺らぐことはありませんでした。
その想いに応えてくれたのが、京都の老舗メーカー様です。2006年、多大なご協力を得て、ついに「傘専用の完全遮光生地」の開発がスタートしました。
生地を薄くすれば遮光性が損なわれるリスクがあり、層を重ねれば重くなる。
納得のいく仕上がりになるまで試行錯誤を繰り返し、ようやく完成したのが、現在のサンバリア100の核となる、独自開発した「4層構造の特殊生地」です。
理想の生地が出来上がるまで、7年もの歳月を費やしました。
一般的なUVカット日傘は、紫外線反射剤や吸収剤で生地を後処理しているので、摩耗してくるとUVカット率は低下してきます。
しかし、独自開発した「4層構造の特殊生地」は、破れない限り遮光率100%が持続します。私たちが胸を張って「完全遮光」と呼べる、究極の日傘がようやく形になったのです。
また、この生地を支える傘の「骨」にも改良を重ねました。
光も風も通さない完全遮光生地は、骨に大きな負担をかけます。そのため、「生地」と「骨」とのバランスは非常に重要です。
中棒を補強し、パーツの耐久性を高め、素材を変えて理想のしなやかさを追求する。完璧な日傘を目指して、一つ一つ改善してきました。
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誰もが笑顔で
太陽の下を歩ける未来へ1999年の夏、東京のお客様から届いた一枚の生地。ここから始まった私たちの歩みは、今も変わらず一本の線で繋がっています。
今では日光アレルギーの方だけでなく、美容を意識する方や熱中症対策を目的とする方など、非常に多くのお客様にサンバリア100の商品を手に取っていただけるようになりました。「この傘のおかげで、外に出るのが怖くなくなりました」
お客様から届く、こうした言葉の一つひとつが、私たちがリスクを負ってまで理想の生地を追い求めたことへの、何よりの答えだと思っています。私たちが作り続けているのは、単なる日傘ではありません。
真夏の太陽の下でも、誰もが笑顔で外を歩ける世界を作ること。
サンバリア100は、これからも「完全遮光」への情熱と誠実さを持ち続け、お客様一人ひとりの毎日に、世界でどこよりも確かな、そして優しい影を届けてまいります。